昨年、A氏とその奥さんに同行して、ネパール旅行に行ってきた。A氏はネパールに何度も行っていて詳しい。ネパールは初めてであり、山も好きな私でも楽しめるように、山も見え観光も楽しめる計画を立ててくれた。感謝である。現地の旅行代理店はHimalayan ActivitiesでガイドのPさんが同行・案内してくれた。この旅日記の記載は、地球の歩き方・ネパール編を参考にし、一部引用した。
3月29日(土):ネパール入国
ネパール航空のRA434便は1時間遅れてカトマンドゥのトリプヴァン国際空港へ向けて雨の中成田空港を離陸した。機内にはネパールの人が多い。成田空港の待合室からもうネパールが始まっていた。上空で水平飛行に入ると後方からネパールの音楽が流れてきて、楽しんでいる様子であった。これがネパールの航空機での楽しみ方かなと思っていたが、さすがに客室乗務員にやめるように言われたようで静かになった。
座席モニターのフライトマップによると、瀬戸内海を西に進んで中国に入り、バングラデシュを通過してからネパールに入ったようだが、昼間のフライトなのにずっと雲の上で地上の景色は見えなかった。ネパールに入る頃から遠景が見えるようになったが、ヒマラヤの山なのか雲なのか、私には区別がつかなかった。
まもなくトリプヴァン国際空港へ向けて高度を下げ始めたが、すぐには着陸できず、2、3回空港上空を通過してゆっくりと大きく旋回しながら最終着陸態勢に入った。カトマンドゥの町並みが眼下に見えるようになり、旋回すると山も迫ってきて盆地であるということが実感できた。
隣席のカトマンドゥと日本を頻繁に行き来しているという女性が、一本の滑走路を国際線も国内線も共用しているので、空港上空はいつも混雑していて着陸までに何度か旋回する。やっと着陸したと思ったら荷物が出てくるまでに時間がかかり、荷物を受け取って空港の外へ出たら今度は地上の渋滞だ、と言ったがまさにその通りであった。
夕刻、トリプヴァン国際空港に到着した。入国のセキュリティチェックレベルはかなり厳しく、日本国内では引っかかったことのないベルトやキャッシュカードまで検知器にかかった。周囲にはいかつい顔つきの軍人が警備に当たっており、ここはのんびりした場所ではないことを実感する。
制限区域の外に出ると、ガイドのPさんが出迎えに来ていた。A氏とはすっかり顔なじみのようである。カトマンドゥの第1印象は、制御されていない雑踏と、日本とは違う日没前の独特の赤い太陽の色であった。ダッカで見た光景と同じだと感じた。
Pさんについて出迎えの車まで行き、荷物を載せ、ホテルに向かう。日本人の私は、まずこの人混みの中を駐車場から抜け出すのは大変だろうと思ったが、ドライバーは何事もないかのように抜け出た。道路に出て、ホテルへ向かう。およそ5キロメートルだそうだが、混み合っており、私が運転しているわけではないのに、自分の足下にはないブレーキの踏みっぱなしだった。ホテルの入り口に入る道路は狭く、人や車やバイクであふれている。その中をドライバーはかなり強気に方向転換、バックに切り替えて狭い道を入っていく。このあとどんな旅になるのだろうか。
宿泊先はDivine Kathmanduホテル。時間も遅いので、A氏夫妻とホテルのレストランで夕食を取る。テラス状に周囲は解放されたレストランで、夜風も気持ちが良い。モモなどのネパール料理を食べ、ネパールビールで入国の乾杯だ。日本にメールを出そうとすると、時差は3時間15分、ちょっと変わっている。こんな時差は今まで経験がない。
3月30日(日):カトマンドゥからポカラへ
街中のホテルなのに朝は鳥のさえずりで目が覚めた。鳥との距離も近い。ホテルのレストランで朝食。パンケーキにヨーグルト、ソーセージやチーズの種類も多く、洋風朝食で充実している。3月なのにパパイヤ、メロン、スイカなどの果物が多いのは、日本よりかなり南のせいなのか。朝食はおいしかった。

8時前にPさんとドライバーが迎えに来る。ホテルの前に出ると、外壁一面に絵が描かれている。ヒマラヤの山並みと僧侶だろうか。荷物を積み込んで出発しポカラに向かう。

プリィティヴィ・ハイウェイを進む。いたるところ工事中で、ハイウェイというイメージからは遠いが、ネパールの交通事情と街並み、人々の暮らしを垣間見ることができ楽しかった。バナナを売る店があり、Pさんが一房買ってごちそうしてくれる。甘さは十分である。

ハイウェイが添うトリスリ川の谷は次第に深くなり、やがて、南のチトワン国立公園へ向かう道、北のゴルカへ向かう道が分かれていく。途中の町で昼食。ネパールの定番とガイドブックに書かれていたダルバートの定食を注文する。豆のスープがついていてそのまま飲むと、Pさんに直接飲んだ人を初めて見たと言われた。ご飯にかけて食べるのが普通らしい。
ポカラ市内に入ると、渋滞で混雑しており、なかなか進まないがこんなものらしい。4時過ぎに、休憩時間も含めて8時間でポカラに着いた。途中曇り空で山は見えず明日からに期待する。ポカラは暑い。

宿泊は、ホテルやレストランが集まるレイクサイド北地区にあるCrown Himalaya。ゆったりした大きな部屋である。

昨日のホテルでもそうだがトイレにある水の出るホースは今までの海外のホテルでも見たことがなく気になる。ネパールのトイレは紙のないところも多いとか、紙を流すと詰まることが多いので注意するようにガイドブックに書いてあったが、このホースについては記載がなかった。
多分そうだろうと思ったが、これは日本のウオッシュレットに相当するもので、上手に使ってお尻を洗うものであった。世界のトイレには紙文化と水文化があり、ネパールを含めた数カ国は水文化だそうだ。手でお尻を洗う場合もあるとのことで、道理で握手の習慣がないのも頷けた。ネパールのガイドブックはこのホースの説明をすると親切だろう。

A氏夫妻と夕食に出る。ホテルから近い蘭花飯店という中華料理レストランにはいる。中国人シェフが腕を振るうということで賑わっている。メニューも豊富で、量も多く、おいしかった。ネパールのビールと、お酒も楽しむ。ポカラのレイクサイド地区は観光客も多く、たくさんの飲食店と土産物屋で賑わっている。観光地はどこも同じだ。明日はジョムソンまで、山を見るのが楽しみである。
3月31日(月)
朝早く目が覚めた。ニワトリや犬の鳴き声が聞こえる。日本も昔はこうだったと考えると、懐かしい気がする。フェア湖畔まで散歩に行く。まだひとも少ない。静かな湖畔のボートを眺め、散策路のかわいいオブジェなどを眺めるのは楽しかった。ホテルに戻り、屋上に出て、ヒマラヤが見えないかと眺めるが残念ながら見えない。朝食後、Pさんとドライバーが迎えに来て、ジョムソンに向けて出発する。



ポカラを出てPokhara-Baglung Rd.を北へ向かう。途中からサランコットに上がる道路に入りAnnapurna Viewホテルに立ち寄る。ここからのアンナプルナ連山やマチャプチャレの眺めが素晴らしいと聞いていたが、今日は残念ながら見えなかった。
Annapurna Viewホテルを出て、尾根伝いにしばらく走ってからジョムソン街道に下る。クスマで休憩しコーヒーを飲みながらバンジージャンプを見る。カリ・ガンダキの渓谷に向かってジャンプするが、世界で2番目の高度差だそうである。
途中いくつか温泉地があったのは温泉好きの私には興味深かった。レテで車を停めてくれた。初めてヒマラヤが見えた。左手の連山がニルギリ、右手がアンナプルナⅠ峰とサウスだと教えられる。ネパールへ来る直前に、NHKの「ヒマラヤの“青き山”へ、ニルギリの未踏ルートに挑む」というドキュメントを見ていたので、この山かと思うと感激であった。


ジョムソン街道で一番美しい村といわれるマルファを散策する。


1899年に河口慧海がチベットに入る準備をするために滞在した家があり、河口慧海記念館として公開されている。仏間や保管している経典などを見せてくれた。100年以上も前に、この街道を通りヒマラヤを越えてチベットに入ったとは、驚きである。



夕刻、ジョムソンに到着する。ここまで来ると、欧米系のトレッカーがめだつ。ジョムソン空港の滑走路の向こうに角度を変えたニルギリが聳え立つ。ここは2,800メートル、寒くなった。Oms Homeに泊まる。
4月1日(火)
朝食の前に外に出ると遠くにダウラギリが朝日に染まっていくのが見える。近くには、刻々と朝の光を浴びながら姿を変えていくニルギリが見える。これだけでもネパールに来た甲斐があると感じる。




ジョムソンを出てムクティナートへ向かう。ムクティナートは3,798メートルだそうだ。カリ・ガンダキの中をエクリバッティまで行き、カリ・ガンダキを離れてジャルコットへ向かう。高原まであがると広々としたカリ・ガンダキが見渡せ遠くにダウラギリとトゥクチェピーク、近くにはニルギリが見える。


カリ・ガンダキの奥はムスタンを越えてチベットに通ずるという。対岸には魅力的な山容の山々が連なるが、Pさんに聞くと名前はないという。もったいない話だ。


高原からの眺めを楽しんだあと、ムクティナートの入り口の村ラーニパウワに到着した。ムクティナートはヒンドゥー教とチベット仏教の聖地である。ここから、車を降りて寺院まで歩いて参拝に行く。巡礼者、観光客であふれる道を歩き、長い階段を上る。輿や馬に乗って上がる人もいる。




チベット仏教寺院のジョラムキ・ゴンパでは、本尊の下部の石の間に炎が揺れているのが見えるという。じっと目をこらして眺め、目が慣れると青白い光が見えた。天然ガスの炎だそうだ。
ヒンドゥー教寺院ムクティナラヤンの周囲には108の蛇口から聖水が出る「水の壁」があり、一つ一つ飲んでいくと罪業消滅の功徳があるそうだ。最初だけ飲んだが108は無理だった。寺院の前には聖なる池があり沐浴できる。



ムクティナートからの帰りはカリ・ガンダキ渓谷内のカグベニに下った。洪水のたびにルートが変わるような道を進むが、高度感が増したニルギリが見事だ。今夜宿泊するThasang Villageがあるナウリコットへ向かう。

昨日散策したマルファの付近は林檎の里として知られ、アップルブランデーが有名である。醸造所でしか買えないブランデーがあるとのことで、寄ってくれた。容器が必要であり、水を飲み終えたペットボトルに入れてもらった。夜に飲んでみるとすっきりと香りが良くおいしかった。日本に持ち帰るような容器でもなく、数日で飲んでしまった。
午後にThasang Villageに到着した。休憩後、Pさんが集落を案内してくれた。日本の山間の集落を歩くのと同じような雰囲気であった。ニルギリをはさんだカリ・ガンダキの谷が深いのが印象的である


Thasang Villageはリゾートホテルで、お風呂もあるということで楽しみにしていたが、残念ながら設備のトラブルで入れなかった。夕食をサーブしてくれた若いネパール人に、日本語を勉強している人もいて、応援したい気分である。
4月2日(水)
朝起きてホテルの屋上へ出ると、曇り空ではあったがダウラギリが山頂まで見えた。名前だけは昔から知るダウラギリが眼前に聳え立つ。写真を撮り、動画を撮って、十分満足した。カリ・ガンダキをはさんだ対岸には霞んでいるがニルギリが聳える。ダウラギリとニルギリの両方がすっきりと見えればすごい光景だろう。


往路と逆コースでサランコットのAnnapurna Viewホテルへ向かった。高級ホテルであるが、時期のせいか、すいていた。残念ながら今日もアンナプルナやマチャプチャレは見えなかった。部屋も広く、バスタブも大きいので、久しぶりにゆっくりとお風呂に入った。
夕食は、フレンチのフルコースで、A氏の奥さんがこの春無事に退職したことを祝った。ネパールのワインを注文したことをのぞいては、ネパールにいるということを全く意識しないディナーであった。
4月3日(木)
朝食のあと外へ出ると、日射しもあり暖かいが、山は見えない。期待して11時までホテルにいたが霞んだままで、諦めてポカラに向かった。先日と同じCrown Himalayaにチェックインしてから、国際山岳博物館を見に行った。さすがに、ヒマラヤの登山史と8,000メートル峰全座の紹介、ネパールの自然や民族に関する展示など充実しており見応えがあった。
4月4日(金)
結局ポカラから見えるという山々を見ることはできなかった。しかし、私にとってはダウラギリとニルギリだけでも十分満足であった。数日前と逆ルートの長時間ドライブでカトマンドゥに戻った。道路が建設途上なのは仕方がないが、交通状況には再び驚きが多かった。宿は同じDivine Kathmanduである。
4月5日(土)
私だけマウンテンフライトでエベレストを見に行く。4時半に、旅行会社のドライバーが車で迎えに来てくれて、トリプヴァン国際空港へ向かう。夕方はあんなに混み合っていた道路だが、さすがにこの時間ではガラガラである。国内線のターミナルでおろしてくれ、あとで迎えに来てくれるという。
ターミナルに入っていくと、私の乗るブッダ航空のヒマラヤフライトだけで、同じ時間帯に6便運行されるようだ。客はほとんどが欧米系のインバウンドである。機内に入ると、通路をはさんで2席ずつの座席で、窓側にしか乗客を乗せていない。


飛行機は空港を離陸後左側にヒマラヤを見てエベレスト付近まで行き、そこでUターンして今度は右側にヒマラヤを見て空港へ戻る。右側の席の私は、行きは全く山は見えず、帰りだけ見える。離陸後客室乗務員が2人出てきたが、飲み物のためではなく、見えている山の名前を連呼しながら歩き回っていた。
Uターンが始まると左側の席から落胆の声が上がる。かわりに右側の私にはマカルーが見え始め、まもなくエベレストが見えた。見える山がデッサンされたパンフレットをもらっていたが、実際の山と見比べてもすぐわかるものではなく、あとで照合しようと、ともかく見て、写真を撮る。


エベレストとローツェはわかった。
次の山は調べてもわからない。そもそも、思い出そうとしても距離感も思い出せない。
フライトはあっけなく終了し空港に戻って着陸。預ける荷物などないので、どんどん機外に出て、ぞろぞろと通路を抜けるとドライバーが待っていた。
ホテルに戻って朝食のあと、A氏夫妻と一緒にPさんの案内で市内見物に出かけた。最初は、王宮博物館へ。カメラや携帯電話は持ち込み禁止であり、入り口で預けなければならない。国王の寝室や執務室、王室の儀式が行われたホール、ゲストルームなどが公開されており、国王の権力・財力を感じさせる見所が多かった。室内を見て外に出ると、広い庭園の散策を楽しめる。
ヒマラヤ最古の寺院ともいわれる世界遺産のスワヤンブナート寺院を訪ねる。カトマンドゥ盆地を見渡せる丘の上にあり、猿が多いことからモンキーテンプルともよばれる。13世紀までには仏教の聖地となり長い歴史を刻んできたことから、境内にはたくさんの仏塔群があり、観光客であふれている。行きは正面から入ったが、帰りは長い参道を下った。物乞いの子供がいるのが残念であるが、観光客にはわからない現実なのだろう。




ダルバール広場へ行く。ダルバールとは「王宮」のことで、ダルバール広場(王宮前広場)はカトマンドゥ王国の中心だったそうだ。3王国時代の名残で、当時首都であったパタンとバクタプルにも同様のダルバール広場がある。宮殿や寺院が建ち並ぶが、2015年の大地震で多くの建物が倒壊・損壊し、各国の援助で修復中のものもあるそうだ。
広場の南側に生き神としてあがめられる少女・クマリが住むクマリの館がある。ちょうどお出かけの時に遭遇した。
広場の東側に旧王宮であるハヌマン・ドカがある。いくつもの建物と寺院、チョークとよばれる中庭から構成されている。ナサル・チョークは旧王宮の中心であり、今でも国家行事が行われるそうである。ダルバール広場を出て、たくさんの店が並ぶバザールを見ながら、ホテルに戻った。


4月6日(日)
カトマンドゥからナガルコットに向かう。途中、古都であり世界遺産でもあるパタンとバクタプルを訪ねる。昔首都として栄えたパタンはカトマンドゥのすぐ南にある。旧王宮はカトマンドゥやバクタプルの王宮より古い歴史をもつという。車を降りてダルバール広場まで、王宮や様々な様式の寺院を眺めながらの散策は楽しかった。



昼食は地元の人たちが利用する食堂に入る。A氏夫妻、Pさんと私の4人で、それぞれ好みのものをたのんで飲み物入れても1000円くらいだった。量が多くて食べきれず、最後は一番若いPさんに食べてもらった。日本との物価の違いは大きい。


バクタプルに向かう。カトマンドゥから東に12kmほどで、古い町並みが残る。一時はカトマンドゥ盆地全体の首都だったこともあるという。車を降りてダルバール広場まで町並みを眺めながら進む。ダルバール広場の北側に旧王宮があり入るが、タレジュチョークの入り口からはヒンドゥー教徒しか入れないという。


トウマディー広場へ行くと、カトマンドゥ盆地の寺院では最も高いというニャタポラ寺院が目立つ。階段の両側には戦士、象、獅子、グリフィン、女神などの石像が守護神として置かれている。ニャタポラ寺院の右手にはバイラウナート寺院がある。


石畳を少し歩いたところにあるタチュバル広場は最も古い町並みらしい。広場中央にあるダッタトラヤ寺院は1427年の建立だそうだ。ダッタトラヤ寺院のすぐ南にはかっては僧院だったプジャリ・マートがある。15世紀の建物で、今は木彫美術館だという。建物の左側面の孔雀の窓はネワール彫刻の最高傑作とされ、土産物屋の並ぶ狭い路地の一角からよく見える。


バクタプルを出て今日の宿泊ホテルであるClub Himalayaのあるナガルコットに向かう。Club Himalayaも全客室にバルコニーがあり高級ホテルらしい。バルコニーからは、谷間の村の眺めが素晴らしい。天候に恵まれるとドルジェラクパなどが見えるらしいが、今日は見えなかった。
4月7日(月)
早朝の方が、ヒマラヤの見える確率が高いと聞き早起きしたが、山の展望はだめだった。二つの世界遺産を見て、カトマンドゥに戻る。
ネパール最古のヒンドゥー教寺院であり、世界遺産に登録されているチャング・ナラヤン寺院を訪ねる。駐車場から緩やかな坂に沿って土産物屋が並ぶかわいらしい門前町があり、石段を上がると境内だ。木彫りで装飾された本殿がある。近くにある、チャング博物館を見る。親切に展示物を説明してくれた。


そのあと、ネパール最大のストゥーパ(仏塔)のある世界遺産・ボダナートへ行く。チベット仏教徒の主要な巡礼地だという。無信心な私ではあるが、一応、教えに従ってマニ車を回しながら右回りにストゥーパをまわった。何かご利益があればいいのだが。


カトマンドゥに戻り、昼食は日本人が始めたというレストランでカツカレーを食べた。そのあと、Pさんの案内でお土産屋を巡り、マニ車、ネパールコーヒー、紅茶などを買ってホテルへ戻る。いよいよ、ネパールの旅も終わりに近づいた。
4月8日(火)
日中はお土産屋に行き、孫たちにもお土産を買う。民芸調のポシェットやノートなどであるが、孫には好評だった。お昼は、イタリアンレストランでピッツァやパスタを食べたがこれはおいしかった。ホテルに戻り荷物のパッキングをする。17時にホテルにドライバーとPさんが迎えに来て、空港まで送ってもらう。ネパール航空RA433便で成田へ向け離陸した。
